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井蛙考-とある社会人の備忘録

うわべに見ゆる以上であれ

メモ リュシアン・フェーブル著、長谷川輝夫訳「歴史のための戦い」(1995)平凡社ライブラリ-

 

歴史のための闘い (平凡社ライブラリー)

歴史のための闘い (平凡社ライブラリー)

 

 リュシアン・フェーブル(1878~1956)

http://www.azquotes.com/public/pictures/authors/58/67/5867b3a5d1c94d19acdc42f3abaae91c/53cd016e57682_lucien_febvre.jpg

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 1 歴史と歴史家の反省ー1892~1933

事実は決して与えられているものではなく、通常、歴史家によって創造されるもの、いいかえれば仮説と推論の助けを借り、細心の注意を要するそして興味津々たる作業を通じて作り上げられるものなのです。」17p

「実は我々に教えられていた歴史、範として示されていた歴史とは、過去の助けを借りてなされる現在の神格化にすぎなかったのです。」20p

「歴史」とは「人間」を対象とする学問、人間の過去を対象とする学問であり、事物あるいは概念を対象とする学問ではありません。主張する人びとから切り離された思想?それぞれが持ち歩く、影響、思い出、読書、会話でできている、あの精神と呼ばれるトランクの単なる一部分としての思想?、作り、かつ尊重しつつ絶えず修正する人びとを抜きにした制度? とんでもない、このような思想、このような制度を対象とする学問では決してない。歴史には「人間」の「歴史」、最も広い意味の歴史しか存在しないのです。」27p

他のすべての学問と新しい同盟関係を絶えず取り結び、同一の主題にさまざまな学問の光を当てる、これこそ境界と障壁に苛立つ歴史に課せられた最も重要にして緊急かつ多産的な任務だといえるでしょう。」29p

2 歴史を生きるー歴史学入門

私は歴史を次のように定義します。「歴史とは、過去の人びとを、彼らが次々と地上に作り上げた極めて多様だが比較可能な(これは社会学の公準です)諸社会の枠の中に時間的に位置づけたうえで彼らのさまざまな活動と創造を対象にして科学的に行う研究」41p

問題提起こそ、まさにすべての歴史研究の初めであり終わりであるからです。問題がなければ歴史はない。あるのは単なる叙述、雑多な史実の寄せ集めです。」45p

「確信をもって申し上げます。歴史を研究するためには、決然と過去に背を向け、まず生きなさい。生活に没頭しなさい。さしずめ知的生活といったところでしょうが、多様な知的生活に。歴史家よ、地理学者でありなさい。同じく法学者、社会学者、心理学者でありなさい。物理的世界の諸科学を、諸君の眼前でめくるめくるような速さで変えている偉大な運動に目を閉じてはなりません。そればかりか実生活をも生きなさい。荒れ狂う海に生じていることを、岸辺から物憂げに眺めているだけで満足してはならない。」63p

3 嵐に抗してー新しい『年報(アナール)』のマニフェスト

「地上に出現して以来、人類は最も過酷な環境の中にも、それを変えるか小さな裂け目を見つめるかして入り込み、より大きな足場を築き何らかの役割を演ずるため、すなわち人間的な意味で生きるために辛抱強いそして素晴らしい努力を重ねてきた。我々の願いはひとえに、この努力、この営みの瞬間において人びとを把握することである。」77p

4 シュペングラーからトインビーへー二つの日和見主義的歴史哲学

ペルシア王「どんなにすべての歴史を学びたかったことだろう」

老賢者「陛下陛下、人びとは生まれ、愛し、死ぬのです」130p

6 新しい歴史に向かって

「歴史家の仕事のうちで最も興味津々たる部分は、無言の事物に口をきかせ、それらを産み出した人間とその社会に関し語らしめる努力にー究極的には、無言の事物の間に連帯と互助の大きな網の目をめぐらせ文書記録の不在を補う、この絶えざる努力にあるのではないだろうか。」180p