井蛙考-とある社会人の備忘録

うわべに見ゆる以上であれ

メモ セネカ「人生の短さについて」(1980)岩波文庫

 

人生の短さについて (1980年) (岩波文庫)

人生の短さについて (1980年) (岩波文庫)

 

 

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セネカ(紀元前1年頃~65)

 

「偉大な人物、つまり人間の犯すもろもろの過失を超絶した人物は、自己の時間から何一つ取り去られる事を許さない。」

 

「自分のことを『半ば自由を失ったもの』とキケロは言った。

しかし誓って言うが、賢者は決してそんな卑屈な言葉を用いるものではない。

半ば自由を失う事など決してなく、完全にしてかつ安定した自由を常に持ち、

束縛を受けず、己自らを支配し、しかも他にぬきんでるであろう。

なぜならば、運命を乗り越えているものを、乗り越えられるものは何もないからである。」

 

「自分の銭を分けてやりたがるものは見当たらないが、生活となると誰も彼もが、なんと多くの人々に分け与えていることか」

 

「偉大な人物、つまり人間の犯すもろもろの過失を超絶した人物は、自己の時間から何一つ取り去られる事を許さない。それ故に、この人生は極めて長い。用いられる限りの時間を、ことごとく自分自身のために当てているからである。そのため、どんな時間も無為・安穏のうちにあったことはなく、他人の自由にされたこともない。」

 

「誰もみな自己の人生を滅ぼし、未来に憧れ現在を嫌って悩む。しかるに、どんな時間でも自分自身の必要のためにだけ用いる人、毎日毎日を最後の一日と決める人、このような人は明日を望むこともしないし恐れることもしない。」

 

「生きる事の最大の障害は期待を持つという事であるが、それは明日に依存して今日を失う事である。運命の手中に置かれている物を並べたて、現に手元にあるものは放棄する。君はどこを見ているのか。どこに向かって進もうとするのか。将来のことはすべて不確定のうちに存する。今直ちに生きなければならぬ。」

 

「万人のうちで、英知に専念する者のみが暇のある人であり、このような者のみが生きているというべきである。それは、彼らが単に自己の生涯を立派に守っているからだけではない。彼らはあらゆる時代を自己の時代に付け加える。」

 

「時は過去になったのか。賢者はこれを回想によって摑まえる。

 時は現在にあるのか。賢者はこれを活用する。

 時は未来にあるのか。賢者はこれを予知する。

 あらゆる時を一つに集めることによって、賢者の生命は永続せしめられる。」